高山寺 | 鳥獣戯画で有名な寺院。石水院の善財童子像が印象的

高山寺

高山寺(こうさんじ)は、古来より紅葉の名所として知られる「三尾(さんび)/高雄・槇尾・栂尾」の一つ、栂尾(とがのお)にある寺院として知られます。

現代日本の漫画のルーツと言われる「鳥獣人物戯画」4巻を所蔵していることでも有名で、石水院で複製画を見る事ができます。

2019年10月現在は、昨年の台風被害の復興工事中で表参道は通行止め、国宝・石水院のみ拝観可能。11月は、茶室・遺香庵の特別公開を予定されています。

2020年には他の場所も拝観できるようになる予定だそうです。この記事は、石水院と茶園の入り口、御朱印のご紹介になります。

基本情報
高山寺(正式名:栂尾山 高山寺)
所在地 京都市右京区梅ヶ畑栂尾町8
TEL.075-861-4204

拝観時間 8:30~17:00
石水院 拝観料 大人1名 800円
※紅葉時期のみ 入山料500円 ※2019年は無料
高山寺 公式サイト

【1】高山寺とは?

高山寺は、高雄の神護寺からさらに奥に入った山中の栂尾に位置します。古代より山岳修行の適地として寺院が営まれていた場所です。

現在でも交通の便が良いとは言えない地域ですが、明恵上人(みょうえ しょうにん)の徳に惹かれた、皇族・公卿・武士の要人・民衆など多くの人々の信仰を集め、数多くの文化財が集積されていきました。

「鳥獣人物戯画」をはじめ、絵画、典籍、文書など、多くの国宝や重要文化財を伝える寺院として知られ、世界文化遺産に登録されています。

・華厳宗の僧「明恵上人」の寺

高山寺の開基は、華厳宗の僧・明恵上人。華厳学復興の気運にのって奥義を極めるために修行をし、宗派にとらわれることなく真の仏弟子として生涯を貫いた僧です。

人柄は、無欲無私で清廉。そして、世俗権力・権勢を怖れる事が全くなかったと伝わります。

和歌を好んで詠み、動物と会話もできたとか。また、19歳の頃から晩年の58歳まで、自分の夢を記録した「夢記(ゆめのき)」も有名です。

明恵上人の歩み

  1. 承安3年(1173年)明恵上人は、平家一門の武家に生まれましたが幼少時に両親を亡くし、稚児僧として神護寺に入り、後に東大寺(華厳宗)で正式な僧となりました。
  2. 仁和寺で真言密教を、東大寺 尊勝院で華厳宗・倶舎宗の教学を、悉曇を尊印に、禅を栄西禅師に学ぶなど仏法の研鑽に励み将来を嘱望されます。
  3. しかし23歳で俗縁を絶って遁世僧(とんせいそう)となり、ストイックに修行と学問に明け暮れ、神護寺を復興した真言宗の僧・文覚に見込まれます。※遁世僧とは官僧の世界から離れて仏道修行に努める僧。
  4. 建永元年(1206年)34歳の時に、後鳥羽上皇から「栂尾 十無尽院(じゅうむじんいん)」を下賜され、高山寺を開山。その後も華厳宗復興のため、戒律を重んじ学問や坐禅修行にはげみました。
  5. 寛喜4年(1232年)禅堂院にて満58歳で示寂。
高山寺 境内図

・高山寺の歩み

  1. 宝亀5年(774年)光仁天皇の勅願によって「心願寺 都賀尾坊(とがおぼう)」 が開創されたと伝わりますが、詳細は不明。
  2. 光仁5年(814年)高雄の神護寺の別院として「栂尾 十無尽院」に改称、山岳修行の場所となり、後に荒廃。
  3. 現在の「高山寺」は、建永元年(1206年)明恵上人が後鳥羽上皇から華厳宗復興のために「栂尾 十無尽院」を賜わり再興したのが始まりです。
    貞応3年(1224年)には石水院を賀茂より移築。寛喜2年(1230年)の高山寺境内絵図(重文、神護寺蔵)によると、当時は大門、金堂、三重塔、阿弥陀堂、羅漢堂、鐘楼、経蔵、鎮守社などがあったことがわかります。
  4. 中世以降、堂宇は戦乱や火災で焼失。現存するのは「経蔵」と呼ばれた建物「石水院(国宝)」のみです。
  5. 明治元年(1868年)華厳宗本山高山寺と称しました。
  6. 明治5年(1872年)真言宗所轄となりました。

・高山寺の名前の由来

明恵上人が栂尾の地を賜った際に、後鳥羽上皇から下賜された勅額が「高山寺」の名前の由来です。

「日出先照高山」(日、出でて、まず高き山を照らす)とは「華厳経」の中の句。「朝日が昇り最初に照らすのは、聖地である高い山である」という意味で、そのような寺院であれとの意が込められているそうです。

高山寺 扁額
▲高山寺の由来となった扁額
ミィコ
ちなみに華厳宗は仏教哲学を極めるための宗派で、学術的な側面から仏教を分析したいという人にお勧めだそうです。

【2】高山寺 見どころ

2019年10月現在、昨年の台風被害で表参道がまだ通行止めのため、裏参道から入ります。バス停からは裏参道の方が近いです。表参道は車道をしばらく直進したところにあります。

高山寺 裏参道
▲高山寺裏参道
高山寺 裏参道階段
▲裏参道の石段
高山寺
▲茶道の文字が見えます。

・石水院

明恵上人が後鳥羽上皇より学問所として賜った建物で、 鎌倉時代の住宅建築の傑作と言われ、国宝に指定されています。明恵上人時代の唯一の遺構です。

創建当時は金堂の東にありましたが、明治22年(1889年)に現在地に移されました。

石水院 門
▲高山寺 石水院の門
石水院 扁額
▲石水院扁額。画家・富岡鉄斎(1837-1924)筆
高山寺
▲石水院 廂(ひさし)の間
石水院 善財童子
▲善財童子の像。彫刻家・西村虚空(1912-2002)作

明恵上人は、華厳経にその求法の旅が語られる善財童子を敬愛し、住房には善財五十五善知識の絵を掛け、善財童子の木像を置いていたと言われます。

善財童子(ぜんざいどうじ)
『華厳経入法界品』に於いて、インドの長者の子に生まれたが、ある日、仏教に目覚めて文殊菩薩の勧めにより、様々な指導者(善知識)53人を訪ね歩いて段階的に仏教の修行を積み、最後に普賢菩薩の所で悟りを開くという、菩薩行の理想者として描かれている。善知識の中には比丘や比丘尼のほか外道(仏教徒以外の者)、遊女と思われる女性、童男、童女も含まれている。

出典: Wikipedia
石水院
▲石水院(国宝)内部

ケースに入れて展示されている可愛い小犬の木彫り像は、明恵上人のお気に入りだったそうです。仏師・湛慶(たんけい)作と伝わります。

石水院
▲明恵上人樹上座禅像(国宝)

明恵上人像は、明恵上人の弟子・恵日坊成忍(じょうにん)の筆と伝わります 。一般的な祖師像とは異なり、明恵上人の姿が小鳥やリスと一緒に、自然の中に溶け込むように小さく描かれていているところに注目。※オリジナルは国立博物館に寄託。

・鳥獣人物戯画

高山寺が所蔵する「鳥獣人物戯画」は平安後期〜鎌倉初期に描かれた、コミカルでストーリー性のある絵巻。現代日本のマンガのルーツと言われています。

甲乙丙丁の4巻は全巻同筆ではなく技法も制作年代もかなりの幅があります。

とくに有名なのは甲巻で、生き生きとした墨線でウサギやカエル、サルなどさまざまな動物が擬人化されて遊び興ずるさまが描かれています。※オリジナルは国立博物館に寄託。

鳥獣戯画
▲鳥獣人物戯画(国宝)

現代においても人気が高く、アニメのモチーフにもなっています。製作:スタジオジブリ

・日本最古の茶園

栂尾山 高山寺は「茶の発祥の地」と言われ、この茶が宇治へ伝わり、その後日本各地に広まっていったと言われています。

明恵上人が、臨済宗開祖の栄西禅師が南宋より持ち帰った茶種を譲り受け、栂尾の地で栽培を始めました。※当時の茶園は清滝川の対岸。

茶には修行の妨げとなる眠気を覚ます薬効があると衆僧に薦めたそうです。なるほど、茶を植えたのも修行のためだったんですね。

高山寺 最古の茶園
▲日本最古の茶園

その後、栂尾産の茶は味の良さが評判となり、鎌倉時代後期には 東国の武士たちまで争って求めるほどの高評価を得ました。

さらには、室町時代初中期に盛んに行われた闘茶において、栂尾産の茶を「本茶」、その他の地で産出したものを「非茶」と呼ぶほどのブランド力があったそうです。

本当のところは、この茶園は「日本最古」ではないそうです。古くは平安京大内裏に茶園が設けられていたそうです。栄西も帰国してすぐに九州の「石上(いわかみ)」に茶の種を蒔いたとの伝えもあります。
現在高山寺境内にある茶畑は、昭和40年代に明恵の功績を讃えるべく宇治の茶業関係者によって整備されたものである(『古寺巡礼 京都<15> 高山寺 (旧版)』1977 淡交社)。
茶山栂尾の石碑
▲国道沿いにある「茶山栂尾」の石碑

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・その他の見どころ

2019年10月現在は、昨年の台風被害の復興工事中で表参道は通行止め、国宝・石水院のみ拝観可能でした。

他にも、金堂・開山堂・明恵上人御廟・仏足石・茶室「遺香庵」などがあるそうです。復旧工事が完了したら、改めて訪ねたいと思います。

ミィコ
全国的に台風被害が多発する今日この頃。今後も増える可能性があると聞くとつらいですね。

【3】御朱印

御朱印の受付は、高山寺山門の中に入った先にある書院の拝観窓口です。

高山寺 御朱印
▲高山寺 御朱印
高山寺 はさみ紙
▲御朱印 はさみ紙
ミィコ
はさみ紙のワンポイント、鳥獣戯画のうさぎスタンプが可愛いです。

【4】おすすめ「三尾めぐり」

・三尾めぐりとは?

三尾とは、京都の西に位置する、高雄(たかお)・槇尾(まきのお)・栂尾(とがのお)の総称で、古来より新緑や紅葉の名所として知られる地域です。

せっかく栂尾の高山寺を訪ねるなら、西明寺を経て、神護寺までハイキングを楽しむのはいかがでしょうか?

木々の中を流れる清滝川の渓流を見下ろしながら歩く清々しいコースです。

参考サイト
高雄保勝会 公式サイト 
KYOTO SANBI 京都三尾

・三尾めぐり所要時間

京都駅からスタートすると「三尾めぐり」の合計所要時間は、約5~6時間。(食事・休憩時間は含みません。)バスの本数が少ないので、スケジュールは余裕をもって組むのがポイントです。

高雄にはホテルもあるので、泊まりでゆっくりするのもいいかもしれませんね。

所要時間の目安

※拝観時間・休憩時間、バスの待ち時間は含みません。

  1. [京都駅JRバス停]→ 約51分→ [栂ノ尾バス停]
  2. [栂ノ尾バス停]→ 徒歩5分→ 高山寺 山門
  3. 高山寺 山門→ 徒歩約10分→ 西明寺 山門
  4. 西明寺 山門→ 徒歩約25分→ 神護寺 山門
  5. 神護寺 山門→ 徒歩約20分→ [山城高雄バス停]
  6. [山城高雄バス停] → 約51分→ [京都駅]

・JRバス「高雄フリー乗車券」がお得!

高雄フリー乗車券

京都駅~栂ノ尾間が、大人片道530円(往復1,060円)のところ、往復800円。
※北野~栂ノ尾間は当日に限り、何回でもご乗車いただけます。

「高雄フリー乗車券」は、京都駅前バスチケットセンターで購入できます。

JRバス 公式サイト

ミィコ
お得なチケット情報は、帰ってから知りました・・ 次回は是非利用したいと思います!

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【5】高山寺 アクセス

・最寄りバス停は「栂ノ尾」

「栂ノ尾」が最寄りバス停で、駐車場には公衆トイレもあります。高山寺裏参道の入口はバス停の隣になります。

・京都駅前バスターミナルから

★京都駅前バスターミナルのりば案内
[JR3のりば] JRバス 高雄京北線 山城高雄・周山方面行 ※栂ノ尾まで約51分

京都駅JRバス乗り場

・四条烏丸《地下鉄四条駅》から

地下鉄四条駅からは、26番出口を出て西です。

[Eのりば] 市バス8 高雄行き。
※高雄まで約51分。下車後、高山寺までは徒歩約15分

ミィコ
紅葉シーズンはバスの本数が少し増えます。

※この記事の史実に関する記載は、高山寺公式サイト、高山寺パンフレット、駒札、京都風光サイト、Wikipedia等、を参考に作成しました。

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猫好き管理人ミィコです。京都散策に役立つブログを目指して、スローペース更新中。基本的に市バス・電車で移動です。主に週末ふらふらしています。facebookでブログ更新お知らせ中!