平等院鳳凰堂 | 歴史と見どころ、アクセスと宇治散策

平等院

平等院鳳凰堂は、平安時代の摂政・藤原頼通(ふじわらのよりみち)が、極楽浄土を現世に再現しようと試みた壮麗な寺院です。

近年改修されて外観は創建当時の輝きを取り戻しました。平等院ミュージアム鳳翔館には、オリジナルの国宝や、平安時代の極彩色の鳳凰堂を再現したCGや展示があり必見です。

寺院と言うより「鳳凰堂」を見せるためのテーマパークと言った方がピッタリな雰囲気の平等院。見どころやエピソードをまとめました。

同じく世界文化遺産で、平等院の鎮守社でもある「宇治上神社」を訪ねるコースもご紹介します。

基本情報
平等院
所在地 京都府宇治市宇治蓮華116
TEL.0774-21-2861
平等院 公式サイト

■庭園&平等院ミュージアム鳳翔館
拝観料 大人600円 中高生400円 小学生300円
・庭園 8:30~17:30(17:15受付終了)
・集印所 9:00~17:00
・平等院ミュージアム鳳翔館 9:00~17:00(16:45受付終了)
・ミュージアムショップ 9:00~17:00
・茶房藤花 10:00~16:30(16:00ラストオーダー)
 火曜日定休 ※祝日の場合は営業

■鳳凰堂内部
拝観料 1人300円
受付時間 9:00~先着順定員になり次第終了。
9:30~16:10(20分毎、定員各回50名)
※5月13日(月)~11月15日(金)は内部拝観中止

【1】平等院の歴史とあゆみ

・平等院のはじまり

宇治は京都南郊の宇治川を望む景勝地。嵯峨と宇治は、平安時代初期から貴族の別荘地でした。

宇治川

紫式部の長編小説「源氏物語」の舞台としても登場します。光源氏のモデルの一人といわれる、嵯峨天皇の皇子 源融(みなもとのとおる)も、別荘として嵯峨に「棲霞観(せいかかん)/現在の清涼寺」、宇治に「宇治院」を営みました。

源融の別荘「宇治院」は、その後、宇多天皇から天皇の孫 源重信へと引き継がれ、長徳4年(998年)に、摂政・藤原道長の別荘「宇治殿」となります。

そして、道長が万寿4年(1027年)に没した後、永承7年(1052年)に長男の関白・藤原頼通によって宇治殿は寺院に改められ「天台宗平等院」として創建されました。それが平等院の始まりです。

※創建時の宗派は天台宗ですが、その後浄土宗を兼ね、現在は特定の宗派に属さない単立の仏教寺院。塔頭の浄土院(浄土宗)・最勝院(天台宗)によって管理されています。

藤原頼通
992年生~1074年没。
平安中期~後期の公卿・歌人。摂政・藤原道長の長男。
15歳で従三位、寛仁1年(1017年)26歳で内大臣、さらに父の地位を継いで、後一条、後朱雀、後冷泉3代の天皇の摂政・関白として藤原氏の摂関政治の全盛期を維持します。

しかし同時に、天皇の后にした娘が男子に恵まれず、戦乱も相次ぐなど、朝廷の内外から権力体制を揺さぶられる状況に苦しめられます。

晩年、治暦4年(1068年)には外戚関係のない後三条天皇が即位した事もあり、摂関家の権勢は衰退し頼通は宇治に隠退。延久4年(1072年)出家。延久6年(1074年)83歳没。

・平等院の歩み

平等院鳳凰堂

永承7年(1052年)平等院創建
末法元年に、父藤原道長から譲り受けた別荘を仏寺に改めて「平等院」を創建。

永承8年(1053年)鳳凰堂建立
末法思想、浄土信仰の広がりから、阿弥陀如来坐像を安置した阿弥陀堂(=鳳凰堂)を建立。

12世紀頃の平等院には、鳳凰堂以外にも、本堂に大日如来が安置され、不動堂、五大堂、愛染堂、多宝塔など、密教系の仏像を安置する堂塔が建ち並んでいたそうです。

末法思想
末法思想は、釈迦の死後2000年たつと仏法が衰え世の中が乱れるという思想です。

平安時代後期は、藤原氏の全盛にもかかわらず、天災人災が続き人々の不安や危機感が深まります。貴族や僧侶をはじめとして社会の各層まで末法思想が流行し、来世の極楽往生を願う浄土教が盛んになりました。

特に1052年(永承7年)は末法元年とされ人々に恐れられ、当時の貴族は来世の極楽往生を願い、西方極楽浄土の教主とされる阿弥陀如来を本尊とする仏堂を盛んに造営しました。

京都では、平等院以外にも皇族・貴族による大規模寺院の建設が相次ぎましたが、それらの大伽藍は現存しません。

建武3年(1336年)一部伽藍焼失
足利氏と戦う楠木正成による放火により多くの伽藍を焼失。現在は、鳳凰堂と鎌倉時代再建の観音堂、鐘楼などが残っています。

都名所図会6巻 平等院
▲都名所図会 6巻 [5] 天明6年(1786年)発行 国立国会図書館

その後、荒廃し幾度かの修復を経てはいるものの、平安時代の貴族が建立した寺院が、建物・仏像・壁画・庭園まで含めて残っているという点で、平等院は唯一の史跡になります。

・平等院の名前の由来

「仏の救済が平等ということを意味します。
そして、仏の平等を光で顕わします。平等院は光のお寺なのです。」
公式サイトFAQ

平安時代から、光輝く阿弥陀堂(=鳳凰堂)は頼通ら貴族のためだけではなく、多くの人々に親しまれる救済の御堂だったようです。

阿弥陀如来がおられる極楽浄土を思い浮かべ、念仏を唱えて修行をすれば、誰でも極楽浄土に生まれ変われると信じられていました。

御堂の修理中に、その証となる平安時代の落書きが柱から数多く発見されました。全国から見物に訪れた人が、どこから来たかを記念に彫った痕跡だそうです^^

頼通の「誰もが平等という思想」は、鳳凰堂の内部の壁や扉の絵画に表れている(冨島義幸・京都大准教授(建築史学))。

浄土信仰の経典では、九品(くほん)と呼ばれる現世で積んだ徳のレベルが9段階あり、極楽浄土への行き方も9通りに分かれるとされます。しかし、鳳凰堂の九品来迎図には、9通りのいずれの人にも平等に阿弥陀如来のご一行が迎えに来る姿が描かれています。

1994年に世界遺産に登録されてからは、外国人観光客が増え、なぜ「平等院」と名付けたのかという質問をよく受けるそうです。

外国人にとって平等の理念は、1700年代後半に市民革命によって獲得した権利だと考えられているため(フランス革命:1789年~1799年)、それより700年も前の日本で、権力者である頼通が平等を唱えたことが不思議のようです。

ミィコ
頼道は栄華を極めた権力者でしたが、政治家として父を超えられず晩年は厭世的だったようです。でも、文化の発展に注いだ情熱は極楽浄土を再現した平等院建立に最大限活かされたわけで、最終的には満足だったかも?

【2】10円硬貨と一万円札の意匠

・10円硬貨の鳳凰堂

昭和26年(1951年)に、十円硬貨の意匠として閣議決定し採用されました。発行は1953年。

公式サイトに下記の記述があります。
鳳凰堂が十円硬貨に選ばれた理由は、「日本の代表的な文化財で建物に特徴があるからです。」

言い換えると、下記のようなコンセプトでしょうか。
・平安時代から現存する希少な寺院。(強運!)
・1951年に鳳凰堂と阿弥陀如来坐像が国宝に指定。(タイミングも良い)
・建物に特徴がある=意匠デザインの複雑性。(偽造防止に効果?)

十円硬貨
▲ By Bank of Japan – パブリック・ドメイン, Link
平等院 鳳凰堂

・一万円札の鳳凰

2004年11月発行の一万円札は、福沢諭吉の肖像は変更なしで、裏の絵柄のみキジから平等院鳳凰堂の屋根に立つ鳳凰像(左側の像/南方像)のイラストに変えられました。

その理由を、日本銀行の福井俊彦総裁(当時)は「人々に幸せや喜びをもたらすという伝説の鳥が、お札になって世界中に流通すれば素敵だと思ったからです」と答えられたそうです。

10000 Yenes (Reverso).jpg
▲Wikipedia, パブリック・ドメイン, Link
平等院 鳳凰
ミィコ
昭和・平成時代、平等院鳳凰堂に関連する意匠は、「お金」と縁が深かったようですね^^

【3】平等院の見どころ

・極楽浄土を再現した鳳凰堂

鳳凰堂と阿字池
鳳凰堂は、経典に描かれる極楽浄土の宮殿をモデルにしています。中堂大屋根の両端に金色の鳳凰が飾られ、左右に翼廊を配置、そして背後の尾廊からなる軽快で優美な建築物です。

東方に面して建てられ、極楽の宝池を模した「阿字池(あじいけ)」を隔てて西方に極楽浄土があることを表現しています。

建物外観は近年修復され、創建当時の輝きを取り戻していますが、内部は経年劣化のため退色し古色蒼然としています。

創建当時の豪華絢爛な二重の天蓋、宝相華模様や螺鈿装飾、さらに雲中供養菩薩、壁扉画などは「平等院ミュージアム鳳翔館」で、CGやレプリカで再現されていますので必見です。

鳳凰堂の内部拝観は、9:30~16:10まで20分毎に行われ、各定員50名。
春・秋の観光シーズンは待ち時間が1時間以上になることもあります。まずは、チケットを購入してから、時間までゆっくり境内を観光するのがおすすめです。
※2019年5月13日(月)~11月15日(金)は内部拝観中止

鳳凰堂の名前の由来
創建時の名称は「阿弥陀堂」でしたが、正面から見た姿が、翼を広げた鳥のように見えることと、屋根上に一対の鳳凰が据えられていることから、江戸時代はじめ頃より「鳳凰堂」と呼ばれるようになりました。

平等院鳳凰堂
▲鳳凰堂と阿字池
平等院鳳凰堂
▲中堂へは橋を渡り翼廊を通って行きます

阿弥陀如来座像と雲中供養菩薩像
本尊の阿弥陀如来座像は、高さ約2.5m。当時最高の仏師と言われた定朝(じょうちょう)作として確証のある唯一の作品です。それまでの造法とは異なり、薄い材木をつなぎ合わせて仏像を作る寄木造(よせぎづくり)で完成されたもので、平安貴族好みの優雅で親しみのある雰囲気を漂わせています。

阿弥陀如来坐像の周囲には九品来迎図、極楽浄土図とともに、優美な52躯の雲中供養菩薩像が懸けられています。定朝の工房で天喜元年(1053年)に制作されたもので、それぞれ優雅で変化に富んだポーズで楽器を演奏したり、舞を舞ったりする姿が表現されています。

※鳳凰堂内部は写真不可のため、公式サイト彫刻・工芸絵画を参照してください。

屋根の上の鳳凰
現在の鳳凰は新しく制作された2代目です。正面の向かって右側の像を北方像、左側の像を南方像と呼んでいます。初代国宝の鳳凰は、大気汚染による錆害等の保存上の理由で平等院ミュージアム鳳翔館に展示されています。

鳳凰(ほうおう)
中国古代の想像上の瑞鳥(ずいちょう)。めでたいことの起こる前兆とされる鳥で、徳の高い君子が一国の王位につくと出現すると伝えられます。雄を「鳳」、雌を「凰」のつがいとする場合もあるそうですが、平等院では区別はないそうです。

日本には、古墳時代末期に鳳凰文が伝えられ、現在に至るまで、縁起のよい吉祥模様(きっしょうもんよう)として、多くは晴れ着や慶事の調度品などの工芸意匠に採用されています。

・浄土庭園

鳳凰堂と池を配した庭園は、西方極楽浄土とその教主である阿弥陀如来を観想(深く集中し、心でその姿や性質を観察すること。)するために造られたと考えられています。

このような阿弥陀堂を中心に、自然の景観を取り入れた日本固有の庭園形式は浄土庭園と呼ばれています。父道長による法成寺にも存在しましたが、平等院において様式が完成し、その後の寺院庭園の原形となり各地に波及しました。

平等院鳳凰堂

・平等院ミュージアム鳳翔館・ミュージアムショップ

オリジナルの国宝である、梵鐘、鳳凰一対、雲中供養菩薩26躯、十一面観音菩薩をはじめとする、平等院に伝わる宝物が展示されています。

鳳凰の細かい細工、雲中供養菩薩のエレガントな彫刻の曲線美などが、ゆっくり間近に見ることが出来ます。また、鳳凰堂内部の彩色を再現した展示室や、コンピューターグラフィックスによる映像もあり、これを見てから内部拝観して、イメージを広げるのもおすすめです。

鳳翔館には、ミュージアムショップも併設されていて、御守・書籍・文具・化粧雑貨・雑貨・根付キーホルダー・香り製品・お茶などが販売されています。特に文具は、消しゴムやマスキングテープなどデザイン性の高いアイテムに注目です^^

買い忘れた時は、オンラインストアでの購入可能です。ただし、御守はオンラインストアでは販売されていませんのでご注意ください。

平等院ミュージアム
▲ 南ゲート付近から見た鳳翔館

・その他の見どころ

藤原氏の家紋でもある藤の花
藤の花は、藤原氏の家紋「下がり藤」のモチーフです。特に、阿字池をのぞむ藤は樹齢280年と言われる平等院を代表する花で「砂ずりの藤」と呼ばれ賞賛されています。

境内には3か所の藤棚があります。花の場所は公式サイト歳時記でチェック!

家紋 下り藤
▲藤原家の家紋「下り藤」
平等院 藤
▲砂ずりの藤と鳳凰堂 京都フリー写真素材

平等院の境内では他にも四季折々の花が楽しめます。
3月上旬~下旬 ぼけ
3月下旬~4月上旬 桜
4月下旬~5月上旬 藤、つつじ
6月上旬~8月下旬 ハス
5月下旬~9月 スイレン
8月下旬~9月 百日紅
11月中旬~12月上旬 紅葉
12月~2月 山茶花
2月~3月 室町椿

美しい装飾の梵鐘
日本三名鐘の一つと言われています。国宝である実物は、平等院創建と同時期に鋳造と推定されていて、ミュージアムに展示されています。庭園にある梵鐘は複製です。

平等院 鐘楼
▲あたりまえですが国宝そっくり!

扇の芝
治承4年(1180年)5月26日、77歳の源頼政は高倉宮以仁王を奉じて平家追討の兵を挙げたものの、宇治川で平知盛の大軍に追撃され、流れ矢に傷つき「埋もれ木の花咲くこともなかりにに身のなる果てぞ悲しかりける」と辞世の一首を残し、この地で自刃したと伝えられています(宇治平等院の戦い)。お墓は平等院の最勝院にあります。

頼政と以仁王の挙兵は失敗しましたが、これをきっかけに諸国の源氏や大寺社が蜂起し治承・寿永の乱に突入、元暦2年/寿永4年(1185年)平氏は滅びることになります。

平等院 扇之芝
▲名前通り扇形の芝生^^

その他・・・
重要文化財である観音堂、養林庵書院は非公開なので外観を見るだけです^^

ミィコ
境内は管理が行き届いていて、とてもキレイです。桜や、藤の花が美しい季節は混雑が予想されるので、可能なら平日あさイチに行くのをお薦めします!

【4】御集印

平等院では、拝観の証明として「印を紡いでいく」という意味をこめて、昔から「朱印」ではなく「集印」と呼んでいるそうです。
「鳳凰堂」と「阿弥陀如来」の御集印があります。

平等院 ご集印

【5】アクセス

最寄り駅は、京阪宇治線「宇治駅」と、JR奈良線「宇治駅」です。

・京都駅から

JR奈良線 みやこ路快速で「宇治駅」下車。
※乗車時間 約18分。平等院まで徒歩約10分。

・祇園四条から

京阪本線 特急 淀屋橋行き乗車、「中書島駅」で宇治線に乗換「宇治駅」下車。
※乗車時間 約32分。平等院まで徒歩約8分。

※おすすめルート
どちらの駅から行くか迷う場合は、京阪宇治線「宇治駅」をおすすめします。宇治橋から宇治川の風景を楽しみながら平等院の表参道に行くことが出来ます!

・平等院と宇治上神社コース

所要時間:2.5~4時間程度。半日予定した方が焦らず楽しめると思います。

平等院表参道とその周辺には、宇治茶のお店・カフェ・お土産屋さんが集まっているので、そちらもゆっくり見たい場合は、時間に余裕をもってください^^

平等院は、表参道の先の正門で入場券(庭園&平等院ミュージアム鳳翔館)を購入してから入場になります。鳳凰堂の内部拝観はチケット別途購入です。ちなみに宇治上神社は無料。

【一般的なコース】
・平等院[正門]から入場→ 拝観→ 帰りは[正門]から出て右へ→ あじろぎの道→ [喜撰橋]→ 十三重の塔→ [朝霧橋]→ 宇治神社→ 宇治上神社

【ちょっと近道コース】
・平等院[正門]から入場→ 拝観→ 帰りは[南門]から出て右へ→ [喜撰橋]→ 十三重の塔→ [朝霧橋]→ 宇治神社→ 宇治上神社

※南門から入場する場合は鳳凰堂の裏手に出てしまうので要注意です。

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ミィコ
平等院と宇治上神社は、宇治川を挟んで向かい合って鎮座しています。距離的にもそんなに遠くないので、風景を楽しみながら、貴重な平安時代の建築美の世界を訪ねてみてください!

※この記事の史実に関する記載は、平等院公式サイト・パンフレット・駒板、書籍「京都の寺社505を歩く」、日本経済新聞の記事を参考に作成しました。

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猫好き管理人ミィコです。京都散策に役立つブログを目指して、スローペース更新中。基本的に市バス・電車で移動です。主に週末ふらふらしています。facebookでブログ更新お知らせ中!