祇王寺(ぎおうじ)は京都の奥嵯峨にあります。
「平家物語」に登場する、平清盛に寵愛された白拍子の祇王が、清盛の心変わりによって都を追われ、母と妹とともに出家した草庵として知られています。
この記事では、平家物語の祇王のエピソード、お寺の歩み、見どころなどをご紹介します。
【1】祇王寺とは?
祇王寺という名は、お寺が再建される際に、祇王にちなんでつけられました。
苔におおわれた庭、竹林、青もみじがしっとり美しく、つつましい風情の草庵です。境内には祇王姉妹の墓と伝わる宝筐印塔及び平清盛の供養塔などもあります。
・平家物語
「平家物語」の冒頭(巻第一「祇園精舎」)
祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり。
娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。
猛き者もつひにはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。
現代語訳:祇園精舎の鐘の音には、この世のものはすべて変わりゆく(何一つ永遠ではない)という響きがある。沙羅双樹の花の色は、どんなに勢いよく栄えているものでも、必ず衰えていくという真理を表している。調子に乗って栄華を極めている人も、その勢いは長く続かず、まるで春の夜に見るはかない夢のようだ。勢いが激しく強い者も、最後には滅びてしまい、完全に風の前に吹き飛ばされる塵と同じである。
昔、習いましたね^^ 祇王のエピソードも諸行無常です。
平家物語
鎌倉前期の軍記物語。作者・成立年ともに未詳。その成立経緯は複雑で、増補・改訂を含めて多くの人々の関与が考えられる。治承~寿永期(1177-1185)の動乱を素材に、平清盛を中心とする平家一門の興亡を軸としてとらえ、仏教的無常観を主題として、叙事詩的に描く。琵琶法師によって語られ、広く愛好され、謡曲をはじめとして後世の文学に大きな影響を与えた。
出典:精選版 日本国語大辞典より抄録
・祇王のエピソード
平清盛の時代、祇王・祇女という有名な白拍子の姉妹がいました。特に祇王は平清盛のお気に入りとなり寵愛を受け、何不自由なく暮らしていました。
ある日、都で評判の白拍子、仏御前(ほとけごぜん/16歳)が、天下の清盛公の御前で舞いたいと、清盛の屋敷へ自ら参上しました。
清盛は「召してもおらぬに、突然参るとは無礼な」と、追い帰そうとしましたが、まだ幼い仏御前に同情した祇王が優しく取りなしたので、仏御前をお召しになりました。
仏御前は清盛の前で今様を歌い舞を披露。姿も声も美しく歌も上手。そして舞いぶりにも感心した清盛は、すっかり気に入って屋敷に留め置こうとしました。
祇王に遠慮して仏御前は退出を願いましたが清盛は許さず、それどころか「祇王を追い出せ」と命令したのです。
祇王は名残惜しさを感じながら、襖に歌を書き残して屋敷を去りました。
萌え出づるも 枯るるも同じ 野辺の草 いづれか秋に あはで果つべき
(芽生えたばかりの草も枯れようとする草も、野辺の草は結局みな同じように、秋になると枯れ果ててしまうのです。人もまた、誰しもいつかは恋人に飽きられてしまうのでしょう)
実家に戻った傷心の祇王は、涙にくれる日々をすごし、やがて毎月のお扶持も止められ生活は苦しくなり、代わって仏御前の縁者が富み栄えるようになりました。
翌年の春、清盛から「参って歌うなり舞うなりして、仏御前の所在なさを慰めよ」との理不尽な仰せがあり、母に諭され仕方なく祇王は祇女とともに屋敷へ参りました。
祇王の哀切な歌声に人々は感動し清盛も満足な様子。またもや辛い目にあった祇王は、家へ帰ると母に死にたいと訴えますが、親不孝の罪を犯さないでと説得され思いとどまります。
そして、母や妹とともに都から嵯峨野の奥に引っ越し、草庵をしつらえ尼となりました。時に祇王21歳、祇女19歳、母45歳でした。
ある夜、母子三人が念仏を唱えていると、仏御前が訪ねてきました。「ご恩のある、あなた様を追い出すことになってしまい、心苦しく存じておりました。お許しいただけるなら、みな様とご一緒に念仏して後生を願いとうございます」と懇願されます。
祇王も涙ながらに「あなた様を恨んだこともありました。その恨みも今となっては晴れました。あなた様は何不自由ない身で、しかも17歳という若さで自ら髪を下ろされました。一緒に後世を願いましょう」と答え、四人は念仏を唱えて暮らし、極楽往生を遂げたということです。
平清盛 [1118-1181]
平安末期の武将。保元の乱・平治の乱で対立勢力を一掃,1167年太政大臣となり,平氏政権を樹立。1168年出家。1172年娘徳子(建礼門院)を高倉天皇の中宮として入内させ,一門こぞって公卿・殿上人になり全盛時代を築いた。晩年は以仁王の挙兵,南都北嶺や諸国源氏の蜂起に会い,失意のうちに熱病で死んだ。出典:平凡社百科事典マイペディアより抄録
白拍子
平安時代末期から室町時代にかけて行われた,宴席用の歌舞の一つ。またそれを職業とする女をいう。遊女が多かったことから,一時期遊女の代表的別称となった。
扇をもち,水干(すいかん)に立烏帽子(たてえぼし),白鞘巻(しろさやまき)の刀を差す男装であったとされる。出典:平凡社「改訂新版 世界大百科事典」より抄録
・祇王寺の歩み
現在は、真言宗大覚寺派の大本山 大覚寺の境外塔頭です。昔は往生院の子院の一つだったと伝わります。大覚寺との関係は明治時代の歴史を知れば納得です。
- 平安時代末期、法然の弟子・念仏房良鎮(りょうちん)が創建したと伝わる往生院から始まったとされます。子院の三宝寺は融通念仏弘通道場として繁栄。広い寺域に多くの坊が建ち並び、祇王寺はその一院だったといいます。
- 鎌倉時代以降、少しずつ衰退。
- 江戸時代、1771年(明和8年)往生院法専尼が「妓王妓女仏刀自之旧跡」の追悼碑を建立し祇王寺を再興します。
- 明治元年、神仏分離令後の廃仏毀釈により廃寺となり荒廃。墓と木像等は旧地頭の大覚寺によって保管されました。
これらを惜しんだ大覚寺門跡 楠玉諦が、1895年(明治28年)に、古典故事の旧跡および尼寺として再興し大覚寺の境外塔頭としました。
以後約7年間は京都の水薬師寺の六条智鏡尼(眞照師)が住職を兼務しましたが、他界後は衰微し再び荒廃。 - 昭和時代、1935年(昭和10年)からは高岡智照が庵主・智照尼として入庵し、復興発展に尽くしました。拝観料の徴収を始める1962年(昭和37年)までは、篤志家による寄付や、智照尼の筆による短冊や色紙の頒布料で庵室を支えました。
楠玉諦(くすのき ぎょくたい) [1818-1899]
幕末から明治時代にかけて活躍した高名な真言宗の僧侶(大僧正)。京都の格式高い門跡寺院である大覚寺の第47世門跡や、真言宗の最高位である東寺長者(第242世)を務めました。また、京都・奥嵯峨にある美しい苔庭で有名な「祇王寺」を再興した人物としても知られています。
高岡智照(たかおか ちしょう)[1896-1994]
昭和から平成時代の尼僧。明治29年生まれ。大阪で舞子となり,東京新橋にうつり照葉と名のる。自伝をかいて文学芸者とよばれた。のち女優,バーのマダムなどをしながら文筆活動をつづける。昭和9年出家して智照と改名。11年京都祇王寺の庵主となる。瀬戸内寂聴の小説「女徳」の主人公のモデル。平成6年死去。98歳。著作に「花喰鳥」など。
出典:デジタル版 日本人名大辞典+Plus より抄録

大覚寺と祇王寺のお得なセット拝観券がある事情がわかりました^^
【2】祇王寺 見どころ
見どころは、苔むした美しいお庭と本堂。青紅葉がとても美しかったです!
晩秋の頃は、色づいた紅葉が素晴らしいでしょう。
ちなみに、30種類くらいの苔が生えているそうです。
・苔と青紅葉のお庭
お庭は、それほど広くないけれど、しっとり、ふわふわな苔でおおわれていました。





・本堂
1895年(明治28年)に、元京都府知事の北垣国道が嵯峨の別荘にあった茶室を寄進し、本堂として再利用されたものです。控えの間にある大きな丸窓(吉野窓)が印象的。
仏間には、ご本尊の大日如来像、平清盛、祇王、祇女、刀自(とじ/母)、仏御前の木造が安置されています。祇王と祇女の木像は、眼に水晶が使われた鎌倉時代末の作品です。
江戸時代の都名所図会などの資料によると、昔は現在地より、もっと山の上に草庵があったようです。

お庭はそれほど広くはないですが、苔寺に負けない美しい苔におおわれていました!
【3】御朱印
御朱印は書置きのみで、入り口の拝観受付で拝受できます。

【4】祇王寺 アクセス
京都屈指の観光地「嵯峨嵐山」の奥にあります。最寄駅からは、徒歩約25分です。
・最寄り駅
- 電車最寄り駅 地図の上から
・JR嵯峨野線「嵯峨嵐山駅」徒歩約25分。
・京福電鉄 嵐山線「嵐山駅」徒歩約25分。
・阪急電車 嵐山線「嵐山駅」徒歩約36分。 - 最寄りバス停
・京都市バス 11、28、93番「嵯峨小学校前」下車。徒歩約17分。
・京都バス 61、72、83番「嵯峨小学校前」下車。徒歩約17分。
[地図]
A地点:最寄り駅
B地点:祇王寺
嵯峨嵐山を効率よく巡るには、事前に計画するのがお薦めです。電車の駅は「嵯峨嵐山」だけなので、歩き疲れた時のためにバス停もチェックしておきましょう。
京都市交通局観光マップ「地下鉄・バスなび」
・京都駅から
- [C6乗り場] 市バス28
大覚寺行「嵯峨小学校前」まで約48分。
※下車、徒歩約17分。 - JR嵯峨野線 [31/32/33番のりば]
「嵯峨嵐山駅」まで約17分。
※下車、徒歩約25分。
・三条京阪から
- [C2乗り場] 市バス11
嵐山・嵯峨・山越行き「嵯峨小学校前」まで約53分。
※下車、徒歩約17分。

お得な、祇王寺・大覚寺共通チケットは、使用期限はないので別の日に参拝してもOKです。
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※この記事の史実に関する記載は、祇王寺公式サイト、祇王寺パンフレット、駒札、Wikipedia等を参考に作成しました。




















祇王寺 [正式名称:往生院 祇王寺]
所在地 京都市右京区嵯峨鳥居本小坂町32
TEL.075-861-3574(9:00~16:30)
参拝料 大人500円・小中高生100円
参拝時間 9:00~16:30(受付終了)
※16:50まで参拝可能
※祇王寺・大覚寺 共通拝観券:1,000円(大人券のみ)
祇王寺 公式サイト