今熊野観音寺 | 後白河上皇公認・頭痛封じの観音様。ぼけ封じも有名

今熊野観音寺

今熊野観音寺(いまくまのかんのんじ)は、今熊野山のふもとにある幽静な寺院。青紅葉や紅葉がとても美しい参道も魅力的です。

かつて後白河上皇が観音菩薩の夢告により持病の頭痛が平癒した事に由来して、頭痛平癒、智恵授け、ぼけ封じのご利益で「頭の観音さん」とも呼ばれています。

超高齢化進行中の日本、特に、ぼけ封じが効いてほしいものですね^^

基本情報

今熊野観音寺 [正式名:新那智山 観音寺]
所在地 〒605-0977 京都市東山区泉涌寺山内町32番地
TEL.075-561-5511

西国三十三所第15番札所
洛陽三十三所観音霊場第19番札所

【拝観時間】
・8:00〜17:00 境内無料

今熊野観音寺 公式サイト

【1】今熊野観音寺とは

正式名は「新那智山 観音寺」ですが、「今熊野観音寺」の通称で知られています。
現在は、御寺 泉涌寺(せんにゅうじ)の塔頭寺院の一つです。

・空海による創建の縁起

弘法大師 空海が唐で真言密教を学んで帰国した翌年(807年)、東寺で修法をしていた時のこと。東山に光明がさし瑞雲がたなびいているのに気づき、不思議に思ってその場所に向かいました。

すると老翁が姿を現わし「この山に一寸八分の観世音がましますが衆生済度のためにこの地に来現されたのである。ここに一宇を構えて観世音をまつり、末世の衆生を利益し救済されよ。」と語りかけ、一寸八分の十一面観世音菩薩像と宝印を与えられました。

そして「自分は熊野の権現で永くこの地の守護神になるであろう。」と告げて姿を消したと伝わります。

熊野権現のお告げのままに空海は庵をむすび、みずから一尺八寸の十一面観世音菩薩像を刻み、授かった一寸八分の像を体内仏として納め奉安しました。

5年後、空海は嵯峨天皇から官財を賜わり勅旨を奉じて諸堂を造営、825年頃に観音寺が開創されたと考えられています。

※伽藍造営は854年〜857年で、左大臣 藤原緒嗣(ふじわらのおつぐ)よるという説もあり。

弘法大師 空海
空海は平安時代初期に活躍した僧侶で、真言宗の開祖。中国の唐に渡って、密教の奥義を日本に持ち帰り高野山を開きました。「弘法大師」は死後に醍醐天皇から贈られた最高位の称号(諡号:しごう)です。

伽藍完成後の歴史

  • 825年頃:空海が嵯峨天皇の勅願で造営した諸堂が完成。
  • 1168年:後白河上皇が出家。観音菩薩の夢告により持病の頭痛が平癒し、観音菩薩のご利益を世間に広める。観音寺に山号「新那智山」を授ける。
  • 1234年:後堀河上皇が崩御、新那智山に観音寺陵が築かれる。
  • 1331年〜1334年:新熊野神社が建立され、その本地仏を祀る寺院とされた。
  • 1467年~1477年:応仁の乱により兵火で伽藍焼失。
  • 1712年:宗恕祖元律師によって現在の本堂が建立される

・熊野権現と観音信仰

熊野権現と観音信仰は神仏習合の深い関係でつながっていて、日本の神である熊野権現は、人々を救済する仏教の観音様が仮の姿として現れたものであると考えられていました。

第72代 白河上皇の時代には、すでに熊野権現の信仰と、その本地仏として「現世利益」や「来世の救済」を求める観音信仰が一体となって栄えていました。

さらに上皇の9回に及ぶ熊野御幸(熊野詣)が引き金となって、貴族や武士の間でも熊野信仰が大ブームとなりました。

神仏習合
神と仏を区別せずどちらも敬う文化で、奈良時代から明治時代の初期(神仏分離令)まで約1000年間にわたり日本の生活に深く根付いていました。
古来からの「神道」と大陸から伝わった「仏教」を結びつけ、神社で祀られる神様には、それぞれ対応する仏様(本地仏)が定められていました。

・後白河上皇の頭痛封じ霊験記

激しい頭痛の持病があった第77代 後白河上皇は、もとより頭痛封じの観音様として評判の高かった今熊野観音に頭痛平癒の祈願をされました。

そしてある日の夜、枕元に観音様が現れ頭部に光明を差しかけられました。すると長年苦しんできた頭痛がたちまちに癒えたのです。

上皇は感激して信仰はさらに篤くなり、観音寺に「新那智山」という山号を授け、「頭痛封じの観音」のご利益を広く世に知らしめられました。

後白河上皇
天皇としての在位は1155年から1158年にかけての約3年間ですが、二条天皇に譲位して上皇になってからが本領発揮で、平清盛や源頼朝といった武家が台頭する動乱期において、30年以上にわたり上皇として院政を執り行いました。権力維持のために巧みな処世術を使ったことから、源頼朝に「日本第一の大天狗」と評されたことでも有名です。

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後白河上皇は熊野信仰にはまって、在位中および院政期を通じて34回もの熊野詣を行ったことでも知られます。

【2】見どころ

青紅葉や紅葉が美しいお寺です。

・今熊野観音寺 参道

泉涌寺参道をしばらく進むと、左手に今熊野観音寺への参道入口があらわれます。

森の中に吸い込まれるように参道を進むと、観音寺と泉涌寺の間の谷を流れる今熊野川があり、朱色の「鳥居橋(とりいばし)」がかかっています。この橋を渡るともうすぐです。

鳥居橋
現在、鳥居は見当たらないけれど、その昔、この地に熊野権現社が鎮まっていたので橋の名前の由来となったと言われるそうです。

今熊野観音寺 参道入口
▲今熊野観音寺 参道入口
今熊野観音寺 参道1
▲今熊野観音寺 参道
今熊野観音寺 参道2
▲今熊野観音寺 参道と鳥居橋
今熊野観音寺 境内入口
▲今熊野観音寺に到着

・子まもり大師

入口にある階段をのぼると子まもり大師の像がお出迎え。子どもの心身健康・学業成就・諸芸上達・交通安全を願って建立されたそうです。

今熊野観音寺 子まもり大師
▲今熊野観音寺 子まもり大師
今熊野観音寺 子まもり大師
▲子まもり大師

・本堂

現在の本堂は1712年に宗恕祖元(そうじょ そげん)律師によって建立されました。この場所は、空海が熊野権現と出会ったと伝わる神聖な場所です。

ご本尊は空海作と伝えられる十一面観世音菩薩(身丈・一尺八寸)。体内仏として熊野権現より授かった十一面観世音菩薩(身丈・一寸八分)が納められています。

ご本尊は秘仏のため非公開ですが、お姿を映した御前立(おまえだち)が安置されています。

脇仏は智証大師円珍作と伝えられる不動明王と運慶作と伝えられる毘沙門天。他にも、大聖歓喜天(聖天)・薬師如来・准胝観音・三面大黒天・恵比須神がお祀りされています。 

今熊野観音寺 本堂
▲今熊野観音寺 本堂正面
今熊野観音寺
▲今熊野観音寺 本堂

・大師堂

観音寺を開創された弘法大師 空海をお祀りしているお堂です。
不動明王・愛染明王・左大臣藤原緒嗣の像もお祀りされています。

今熊野観音寺 大師堂
▲大師堂と、ぼけ封じ観音像
今熊野観音寺 大師堂
▲大師堂

・ぼけ封じ観音像

大師堂の前に立たれているのは、心や身体の「ぼけ」を取り除いてくださる観音様です。

今熊野観音寺 ぼけ封じ観音
▲ぼけ封じ観音像

・五智水

観音菩薩を祀るための霊地を選ぶため、空海は熊野権現の霊示に従い、錫杖(しゃくじょう)をもって大きな岩に穴をあけると清水が湧き出したと伝えられます。

そして、この清水を観音御利生の水として崇め「五智水」と名付けられました。

御利生(ごりしょう)
仏や菩薩の救いによって人間が受ける恩恵や恵みのこと。一般的に広く使われている「ご利益(ごりやく)」とほぼ同じ意味をもつ仏教用語です。

今熊野観音寺 五智水
▲五智水

・鐘楼

この鐘楼に吊るされている梵鐘は、太平洋戦争の時に供出されましたが、奇跡的に元のままの姿で戻ってきました。観音様のご加護かもと言われているそうです。

今熊野観音寺 鐘楼

・医聖堂

緑の中にひときわ目立つ朱色の塔は、平安様式の多宝塔「医聖堂」です。

「頭の観音様」として信仰を集める今熊野観音寺が「医療と宗教がともに手をたずさえて、人々が明るく健康に暮らせる社会を実現したい。」という願いを込めて建立しました。

建立の主旨を受け、医道顕彰会が奈良時代以降の我が国の先哲122霊を祭祀し、偉業を讃え医学のさらなる発展を祈念しました。現在は医界に尽くされた明治以降の方々も合祀されています。

医道顕彰会

今熊野観音寺 医聖堂
▲医聖堂

・茶所 閑坐 -KANZA-

四季折々に変わりゆく紅葉の美しい風景を楽しめる特別拝観施設です。
拝観志納料2,000円。(お抹茶・お菓子接待付)

閑坐 Instagram

今熊野観音寺 閑坐
▲今熊野観音寺 閑坐
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他にも、ひっそりと熊野権現社、藤原三代の供養塔、今熊野西国霊場などがあります。

【3】御朱印

御朱印は本堂の左手にある窓口で拝受できます。

基本の御朱印は、大悲殿(だいひでん)です。
大悲殿とは、観音菩薩を本尊として安置している建物のことです。

大悲(だいひ)
仏教用語。すべての生きとし生けるものの苦しみを救おうとする、仏や菩薩の慈悲の心のことです。単なる同情ではなく、他者の苦しみを我がことのように受け止め、決して見捨てることはありません。

今熊野観音寺 御朱印
▲今熊野観音寺 御朱印
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クールな筆さばきに見とれました。カッコいい御朱印ですね!

【4】今熊野観音寺 アクセス

今熊野観音寺の参道への入り口は、泉涌寺の参道の途中にあります。

お寺の中に無料駐車場があり20台ほど止めることができます。ただ、時期によってはいっぱいかも。参道は徐行でお願いします^^

・最寄駅から

  • バス停「泉涌寺道」から徒歩約15分。
  • JR奈良線、京阪本線「東福寺駅」から徒歩約20分。

[地図]
A地点:京阪本線「東福寺駅」
B地点:市バス「泉涌寺道」
C地点:今熊野観音寺

・京都駅から

  • JR奈良線「東福寺駅」まで約2分。下車、徒歩約15分。
    ※みやこ路快速・区間快速も停車します。
  • 市バス 京都駅前バスターミナルのりば案内
    [D2のりば] 208 「泉涌寺道」まで約23分。下車、徒歩約10分。
  • TAXI 京都駅八条口から所要時間 約10分。
    総距離 約2.4km タクシー料金検索
    ※料金・所要時間は実際とは異なる可能性があります。

・祇園四条から

  • 京阪本線 淀屋橋行きに乗車「東福寺駅」まで約6分。下車、徒歩約15分。
    ※特急は停車しません。
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今熊野観音寺と泉涌寺はすぐ近くなので、一緒に参拝するのもおすすめ。

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今熊野観音寺の近くにある名所旧跡です。
泉涌寺 | 清泉が湧きいづる、皇室の菩提所
月輪陵、後月輪陵 | 泉涌寺 霊明殿の東に鎮まる陵

※この記事の史実に関する記載は、今熊野観音寺パンフレット・公式ホームページ等を参考に作成しました。