大徳寺 瑞峯院 | 枯山水庭園 独座庭の見どころとアクセス

大徳寺 瑞峯院

瑞峯院は大徳寺の塔頭寺院。九州豊後の大名・大友宗麟(おおとも そうりん)が自らの菩提寺として創建した、禅とキリシタンが融合した寺院です。

ダイナミックな枯山水庭園「独座庭」、十字架が隠された「閑眠庭」が有名です。

日本庭園を楽しむには、まずは作庭コンセプトを知ることが重要だそうです。難しい様式や技術的な事はわかりませんが、作庭意図を易しくまとめました。

見どころ、アクセス方法もご紹介します。

基本情報

大徳寺 瑞峯院(ずいほういん)
所在地 京都市北区紫野大徳寺町81
TEL.075-491-1454
拝観時間 9:00~17:00
拝観料金 大人 400円 小・中学生 300円
お抹茶 400円
定休日 無休

【1】瑞峯院とは

瑞峯院は大徳寺の塔頭寺院のひとつ。キリシタン大名・大友宗麟が自らの菩提寺として建立した寺院で、創建時のまま残る方丈建築は室町末期の貴重な遺構として重要文化財に指定されています。

そして、昭和36年(1961年)に開山・徹岫宗九(てっしゅう そうきゅう)の400年遠忌に合わせ、昭和の名作庭家・重森三玲が作庭した枯山水「独座庭」「閑眠庭」も有名です。

・禅とキリシタンゆかりの寺院

天文4年(1535年)頃、晩年はキリシタンとなった九州豊後の大名・大友宗麟が、大徳寺第91世 徹岫 宗九(普応大満国師)を開山に迎え、自らの菩提寺として創建しました。

※創建年は諸説あり、天文2年(1533年)、同4年、同12年、同15年ともいわれています。

徹岫 宗九(普応大満国師)
文明12年(1480年)生 ~ 弘治2年(1556年)没
戦国時代の僧。大徳寺開山の大燈国師から法系第91世。
後奈良天皇の帰依をうけ「普応大満国師」の称号を賜り、上杉謙信の青年時代に上杉景虎に禅の指導をし、宗心居士の名を与える。

大友 義鎮(おおとも よししげ)/法号 宗麟(そうりん)
享禄3年(1530年)生 ~ 天正15(1587年)没
戦国時代から安土桃山時代にかけての武将、戦国大名。

大徳寺第91世 徹岫宗九に帰依し、22歳の時に宗麟に名を改める。
天文20年(1551年)フランシスコ・ザビエルを引見しキリスト教と出会い、27年後の天正6年(1578年)洗礼を受ける。領内での布教活動を保護し、南蛮貿易を行う。

・瑞峯院の名前の由来

瑞峯院という寺号は、大友宗麟の法名「瑞峯院殿瑞峯宗麟居士」から名付けられました。

瑞峯院の額
▲ 後奈良天皇の宸筆の額
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建築物は室町時代の禅寺そのものですが、庭園には、キリシタンを感じさせる仕掛けが施されています。開基の大友宗麟も喜んでいるかも?

【2】個性的な枯山水庭園

有名な重森三玲作庭の枯山水は、方丈前の南庭「独座庭」と、方丈裏の北庭「閑眠庭」です。

当初の設計は、南庭(独座庭)145坪、西庭(露地)40坪、北庭(閑眠庭)100坪の、3つの庭で構成されていました。開山にちなんだ南庭は禅を表現した枯山水庭園。北庭は晩年キリシタンとなった開基にちなんだ十字架を隠した枯山水庭園。そして、西庭は木や草を用いない非常に独創的な露地だったそうです。

しかし、残念ながら現在の西庭は重森氏の作庭ではありません。理由はわかりませんが近年解体され、普通の庭に・・・。
「日本庭園の美」重森千青(しげもり ちさを)

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西庭は素人目に見ても、「独座庭」と「閑眠庭」とは明らかにテイストが異なります。ごく普通の庭です。良く言えば、この庭があることによって、いっそう「独座庭」と「閑眠庭」の個性が際立つとも言えるかなぁ。重森氏の関係者の方は不本意だと思いますが^^

・「独座庭」ダイナミックな枯山水

独座庭は、寺号の瑞峯と開山の徹岫宗九禅師にちなみ、*禅語「独坐大雄峰(どくざだいゆうほう)」をテーマとして**蓬莱山式で作庭されました。

大海の半島から後方に険しくそびえ立つ蓬莱山。絶え間なく打ちよせる荒波にもまれながらも悠々と存在している大自然を表現しています。

荒波を表現した砂の高さと波紋がとても印象的です。ちなみに、波紋は独座庭専用の特別な道具で描かれているそうです。

*禅語「独坐大雄峰」
僧が百丈懐海和尚に「この世の中で、最も素晴らしいことは何ですか」と尋ねた。
すると百丈は「独坐大雄峰」(この百丈山にこうしてどっかりと坐っていること)と答えた。

今、此処に存在している素晴らしさ。と解釈できるようです。
一番大事なことは、地位でも名誉でも、また財産でもない。それはなんといっても、今ここにこうして元気で生きていることであろう。

**蓬莱山式庭園
不老不死の仙人が住む理想郷、蓬莱山(蓬莱島)をモチーフにした庭園。

古代中国の神仙思想では、東方の海にあるという伝説上の三神山、蓬萊(ほうらい)・瀛洲(えいしゅう)・方丈(ほうじょう)に仙人たちが住む理想郷があり、不老不死の薬があると信じられていました。

日本でも、丹後国風土記逸文で「蓬山」を「とこよのくに」と読むなど、神仙思想の影響がうかがえるそうです。蓬莱山は、水辺には亀、天には鶴が飛翔する不老長寿の理想郷。東海の島国である日本では、特に縁起のよい主題として好まれたそうです。

瑞峯院 独座庭
▲独座庭の波紋
瑞峯院 独座庭
▲独座庭。白砂の立体感が印象的
瑞峯院 独座庭
▲莱山のある半島に打ち寄せる荒波
瑞峯院 独座庭
▲ 入り江は穏やかに変化

・「閑眠庭」十字架が隠された枯山水

北庭は「閑眠庭」と命名されています。

*禅語「閑眠高臥対青山(かんみん こうが せいざん に たいす)」から銘じられました。

*禅語「閑眠高臥対青山」
すっかり年老いて欲も無くなり、浮世に何の未練も執着も無い。枕を高くして青山でも眺めながら昼寝するのが何よりの楽しみだよ。

禅僧にとって理想の境地を表しているそうです。

創建の大友宗麟は晩年キリスト教を保護し、キリシタン大名と呼ばれたことから、キリシタン(十字架)を隠れたモチーフとして作庭されました。

瑞峯院 閑眠庭
▲静寂を感じさせる直線的な波紋です
瑞峯院 閑眠庭
▲十字架が隠れています(縦に4個、横に3個の岩)
瑞峯院 キリシタン灯篭
▲中庭のキリシタン灯篭の先が閑眠庭の十字架に繋がる位置関係

キリシタン灯篭(織部灯籠)
桃山時代、茶の湯の興隆により茶庭(露地)が生まれ、夜の茶会の明かりとして石灯籠が利用されるようになりました。茶人好みに創作された代表的な石灯籠が、茶人 古田織部が創案したといわれる織部灯籠です。

織部灯籠は茶庭(露地)にふさわしく自然に溶け込む簡素な形で、台座はなく竿石を土中に埋め込み高さを調節し、低い位置を照らすことができるように工夫されています。そして、灯火が入る火袋の下にある竿部の膨らみが十字架を、竿の下端に彫られた人形(ひとがた)はマリア像を連想させることから、キリシタン灯籠とも呼ばれました。

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作庭コンセプトを知ると、なるほど~と納得できるお庭です。

【3】昭和の作庭家・重森三玲

瑞峯院の庭園は、開祖である徹岫宗九の400年遠忌に合わせ、昭和36年(1961年)に作庭家・重森三玲(しげもり みれい)によって設計されました。

これらの庭は、重森三玲らが昭和7年に創立した、京都林泉協会(日本庭園研究団体)の創立30周年記念事業の一環として設計、寄贈されたそうです。

重森三玲
昭和期の日本の作庭家・日本庭園史の研究家。

作庭した庭は、力強い石組みとモダンな苔の地割りで構成される枯山水庭園が特徴的であるとされ、代表作に、東福寺方丈庭園、光明院庭園、瑞峯院庭園、松尾大社庭園などがあります。庭園史研究家としても多大な功績を残しました。

明治29年(1896年)岡山県生まれ。日本美術学校、東洋大学文学部に学ぶ
大正 6年(1917年)画家を志し上京するが、全国から集まる才能に意気消沈
昭和 4年(1929年)京都へ移り住み、日本庭園を独学で学ぶ
昭和11年(1936年)全国の名庭・古庭園を実測調査、日本庭園史研究家の先駆けとなる
昭和14年(1939年)『日本庭園史図鑑』26巻を上梓して庭園史研究の基礎を築く
昭和50年(1975年)死去
昭和51年(1976年)『日本庭園史大系』全33巻(別巻2巻)完成(息子、重森完途と共著)

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重森氏が作庭された庭園はたくさんあるので、庭園巡りも楽しそうです^^

【4】大徳寺 瑞峯院へのアクセス

最寄り駅は、A地点:バス停「大徳寺前」
瑞峯院は、B地点:勅使門 から左に入った場所にあります。

・京都駅から

  • 地下鉄烏丸線 国際会館行に乗車「北大路駅」下車→ 市バスに乗換→「大徳寺前」下車 。所要時間:約25分。
  • 京都駅前バスターミナルのりば案内
    [A2のりば] 市バス205 北大路バスターミナル行「大徳寺前」まで約45分
    [A3のりば] 市バス206 北大路バスターミナル行「大徳寺前」まで約40分
    [B2のりば] 洛バス101 北大路バスターミナル行「大徳寺前」まで約42分
  • TAXI 所要時間 約21分
    ・総距離 約6.7km タクシー料金検索
    ※料金・所要時間は実際とは異なる可能性があります。

・北大路バスターミナルから

  • 洛バス101 京都駅前行「大徳寺前」まで約4分
  • 洛バス102 錦林車庫前行「大徳寺前」まで約4分
  • 市バス204 北大路通り・金閣寺・西ノ京円町行「大徳寺前」まで約5分
  • 市バス205 西大路七条・京都駅行「大徳寺前」まで約5分
  • 市バス206 千本通り・京都駅行「大徳寺前」まで約5分
  • 市バス北8 佛教大学・松ヶ崎駅前行「大徳寺前」まで約5分

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非公開が多い大徳寺の中で、素敵なお庭が常時拝観できる瑞峯院。おすすめです^^

※この記事は、瑞峯院パンフレット、駒札、Wikipedia、書籍「しかけに感動する京都名庭園」等を参考に作成しました。