石清水八幡宮 | 国宝の本殿で昇殿参拝。起死回生の願いに御利益

石清水八幡宮

石清水八幡宮は「やわたのはちまんさん」と呼ばれ親しまれています。

平安京の守護・国家鎮護のため、貞観2年(860年)に宇佐八幡宮(現大分県)より八幡大神を勧請して創建された「日本三大八幡宮」の1つです。 皇室からは、伊勢の神宮に次ぐ第二の宗廟として崇敬されてきました。

鎮座するのは京都府八幡市(やわたし)男山。「八幡」という地名は、「八幡宮」の門前町として発展したことに由来します。石清水八幡宮の影響力をうかがい知れますね。

明治時代の神仏分離政策により現在は神社ですが、創建時から神仏習合の文化が色濃く、幕末まで「石清水八幡宮護国寺」と称しました。

いにしえより強力な霊験で信仰されてきた石清水八幡宮。見どころ&参拝コースのご紹介と、神仏習合のエピソードをまとめました。

基本情報
石清水八幡宮
所在地  京都府八幡市八幡高坊30
TEL.075-981-3001

境内無料
開門時間
・4月~9月/5:30~18:30
・10月/6:00~18:00
・11月~3月/6:30~18:00
※12月31日~1月19日は不定
石清水八幡宮 公式サイト

【1】石清水八幡宮とは?

▲一の鳥居の扁額「八」が鳩になっています

・石清水の由来

男山中腹にある、冬に凍らず夏に枯れない霊泉「石清水」が名前の由来とされます。創建以前は、この霊泉の傍に石清水寺(後の護国寺)があったと伝わります。

・神仏習合と八幡神(=応神天皇)

石清水八幡宮は、日本古来の神と外来の仏教が結びついた「神仏習合」色合いが濃い社として知られます。明治政府による神仏分離政策までは「石清水八幡宮護国寺」と称しました。

神仏習合の歴史の中でも、八幡神は古くから応神天皇の神霊とされました。

  1. 欽明天皇32年(571年)八幡神が大分県の宇佐の地に示顕し、宇佐八幡宮が創建されたと伝わります。宇佐八幡宮の神宮寺は、神仏習合の最も古い例のひとつです。
  2. 天平17年(745年)聖武天皇の発願で、平城京(奈良)の東大寺で大仏建立開始。天平勝宝元年(749年)宇佐八幡宮の八幡神は、大仏建立を成功させるという託宣を出し、東大寺の鎮守神として祀られました。大仏は天平勝宝4年(752年)に開眼供養会が行われました。
  3. 神護景雲3年(769年)宇佐八幡宮神託事件(道鏡事件)が発生。皇統断絶の危機を救う託宣を和気清麻呂に出したことによって、八幡神の神威がさらに高まったといわれています。

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神仏習合(しんぶつしゅうごう)
外来の仏教信仰と固有の神祇信仰とを融合調和すること。神仏混交ともいう。最初,仏教が主,神道が従であり,奈良時代には多気大神宮寺などの神宮寺の建立として現れ,平安時代には神前で読経したり,神に菩薩号をつけるなどの例が多くなり,また本地である仏,菩薩が日本でかりに神の姿となったとし,阿弥陀如来の垂迹 (すいじゃく) が八幡神,大日如来の垂迹が伊勢大神であると説く本地垂迹説が起こった。

出典: ブリタニカ国際大百科事典より抄録

神宮寺(神仏習合の宮寺)
八幡神は奈良時代末には菩薩号を名乗られ、以降「八幡大菩薩」と広く尊称されるようになります。石清水に遷座する頃には、完全に仏教との習合が行われており、明治維新まで「石清水八幡宮護国寺」と称されました。

室町時代までは、本殿の北東の山腹にあった「護国寺」が一山を管掌し、政令はすべて護国寺から出されていました。組織の要職は僧侶が占め、神官は従属的な存在で、祭祀もほとんどが僧侶中心に仏式で行われていました。

出典:八幡ストーリー より抄録

・御祭神と御利益

石清水八幡宮では、応神天皇(八幡神)を主神として、比咩大神、応神天皇の母・神功皇后を合わせ「八幡大神」としてお祀りされています。

御祭神

  • 中御前:第15代 応神天皇(おうじんてんのう)
    [誉田別尊(ほんだわけのみこと)]
  • 西御前:比咩大神(ひめおおかみ)
    [多紀理毘賣命(たぎりびめのみこと)・市寸島姫命(いちきしまひめのみこと)・多岐津比賣命(たぎつひめのみこと)]
  • 東御前:神功皇后(じんぐうこうごう)
    [息長帯比賣命(おきながたらしひめのみこと)]

御利益

  1. 厄除開運・方除け
    八幡神を都の守護・国家鎮護のために、平安京の裏鬼門(南西の方角)に勧請し社殿を建立した事から。
    ※前厄・本厄・後厄・方除け・災難除けなど
  2. 勝運・必勝の神
    八幡神(=応神天皇)は、源氏などの士族から武神・弓矢の神・必勝の神と崇敬された事から。
    ※社運隆昌・商売繁盛・必勝祈願・受験合格祈願など
  3. 安産・子育ての神
    神功皇后が臨月にもかかわらず三韓征伐をなしとげ、応神天皇(=八幡神)を無事出産したエピソードから。
    ※初宮参り、七五三詣、十三参りなど
  4. 交通安全祈願
    西御前の御祭神・比咩大神は宗像三女神とも呼ばれ、交通安全の神様として信仰されている事から。
ミィコ
霊験あらたかな歴史ある八幡宮ですが、以外に混んでいない印象です^^

【2】石清水八幡宮の歴史と霊験

・石清水八幡宮の歴史

神仏習合の「石清水八幡宮護国寺」の時代は、僧侶が神に仕えていたので男山には「男山四十八坊」と呼ばれた小さな寺「坊」が余すところなく立ち並んでいました。

そして、男山の麓には壮麗な社寺が建ち並び門前町が発展、参拝の人々で賑わっていたと伝わります。浄瑠璃「引窓」や、謡曲「女郎花」・世阿弥の「弓八幡」など、数々の芸術作品の舞台にもなりました。

しかし、幕末の鳥羽伏見の戦いで麓の社殿を焼失。さらに明治政府の神仏分離政策により、石清水八幡宮の境内にあった仏教施設や仏像、仏具などはことごとく破壊・売却され、現在は石垣などの跡を残すのみになっています。

※八角堂、草庵「松花堂」・泉坊書院だけは、八幡市内の別の場所に移され、現存しています。

年表

  1. 貞観元年(859年)南都大安寺の高僧行教が、宇佐八幡宮(現大分県)に一夏参籠。最終日に八幡大神より「吾れ都近き男山の峯に移座して国家を鎮護せん」との御託宣を受け、翌月、男山山頂に「八幡大菩薩」を勧請したのが石清水八幡宮の起源です。
  2. 貞観2年(860年)清和天皇の勅を奉じた朝廷が、同所に八幡造(はちまんづくり)の社殿(六宇の宝殿)を造営、4月3日に遷座し「石清水八幡宮護国寺」と称しました。
  3. 社殿は創建以来、造営14度、修理17度を数え、本殿を含む十棟の国宝の現社殿は寛永11年(1634年)徳川三代将軍家光の修造によるものです。
  4. 慶応4年(明治元年・1868年3月)明治政府の神仏分離令により、神宮寺だった護国寺は廃寺。神号を「八幡大菩薩」から「八幡大神」と改め、翌年「男山八幡宮」と改称。
  5. 大正7年(1918年)創建以来の由緒深い社号「石清水」を復活、「石清水八幡宮」に改称され現在に至ります。

絶妙な立地
石清水八幡宮は、平安京(後の京都)の南西方向に位置しています。男山の選地は、京の北東の鬼門を守護する滋賀県大津市の延暦寺と対をなし、平安京の護りを強化する意図があったと言われています。

石清水八幡宮は、淀川岸にある男山丘陵(標高約120mの低山地 )の山頂および南側尾根筋から、東の山裾にかけてを境内としています。古来より西側山麓が山城国と河内国の境とされてきました。

出典:八幡ストーリー より抄録

・石清水八幡宮の霊験

  • 貞観2年(860年)八幡大神の託宣を受け、平安京の裏鬼門(南西の方角)に位置する京都府八幡市(やわたし)男山に勧請。鬼門(北東の方角)に位置する比叡山延暦寺とともに都の守護・国家鎮護の社として崇敬されました。
  • 天慶2年(939年)に起こった平将門・藤原純友の乱などの国難の際には、朝廷の請願をうけ、八幡大神の神威をもって速やかに平定されたと伝わります。
  • 皇室の崇敬も厚く、伊勢の神宮に次ぐ第二の宗廟と称せられました。第64代 円融天皇の行幸以来、歴代の行幸70余度、上皇の御幸180余度に及びます。毎年9月15日の石清水祭には勅使が派遣されます。
  • 清和天皇に繋がる源氏の氏神となり、武家や天下人に信仰され手厚く遇されました。
    ・織田信長:社殿修復。黄金の樋(とい)を寄進。
    ・豊臣秀吉:廻廊再建。秀頼は社殿を再建。
    ・徳川家康:八幡宮神領の保護。
    ・徳川家光:本殿を修造。
  • 近年も、松下幸之助氏が石清水八幡宮でアイデアを思い付いたとか、有名企業の起死回生のプロジェクトが成功したなどのエピソードに事欠きません。(昇殿参拝すると神職よりお話が聞けます^^)
ミィコ
神仏習合の歴史を知ると、時々出会う鳥居のあるお寺など、寺社の不思議の謎がとけます^^

【3】見どころ

・本殿(国宝)

石清水八幡宮の本殿は、貞観元年(859年)清和天皇の勅命により建立された、六宇の宝殿からなる独特な「八幡造り(はちまんづくり)」と呼ばれる社殿です。

現在の社殿は寛永11年(1634年)徳川3代将軍 家光の修造によるものです。本殿から幣殿・舞殿・楼門と続き、その周囲を約180mに及ぶ廻廊が囲む社殿の建造物全てが丹漆塗。本殿を囲む瑞籬(みずがき)の欄間彫刻をはじめ随所に当時の名工の極彩色彫刻が施された極めて壮麗な社殿です。

本殿前の参道が斜めになっているのは、参拝を終えて帰る際に神様に背中を見せないためだそうです。

石清水八幡宮本殿
▲石清水八幡宮 本殿
石清水八幡宮本殿
▲本殿の楼門
石清水八幡宮本殿 彫刻

楼門の正面の欄間には、極彩色の壮麗な龍虎の彫刻が施されています。そして、その下の蟇股部分には向かい合う鳩の錺金具(かざりかなぐ)があり、阿吽の呼吸で御神前をお守りしています。

昇殿参拝がおすすめ!

本殿内部に上がって、お祓い・参拝ののち、神職による説明を聞きながら八幡造の社殿、織田信長寄進の黄金の樋、内部の華麗な彫刻などをゆっくり拝観することができます。御利益のエピソードなども興味深かったです。

1,000円の価値は十分あると思います!(鳩のストラップお土産付き/2019年11月)

※本殿内の写真撮影は不可です。
所要時間は約30分間とありますが、伺った日は七五三の参拝で賑わっていて、本殿の順番待ち時間を入れると45分くらいでした。

国宝 石清水八幡宮 昇殿参拝
期間 2月4日~12月31日(原則)
時間 11:00~、14:00~ ※1日2回
初穂料 高校生以上 1,000円、小・中学生500円
所要時間 約30分程度
※祭典行事、ご祈祷奉仕の都合上、案内時間が若干変更する場合あり。
昇殿参拝看板
▲看板

彫刻は、鳩・青雲・白桃・栗・梅・枇杷・樫鳥・桐・薔薇・鶴・松・牡丹・蝶・椿・万年青・山茶花・笹・鵜・葡萄・栗鼠などなど、吉祥を感じさせる多種多様なモチーフでデザインされていて、とっても豪華です。

昇殿参拝看板 拡大
▲看板クローズアップ

・石清水社(摂社)

石清水八幡宮の名前の由来になった、霊泉「石清水」の隣にある摂社です。男山中腹に位置しています。

石清水は厳冬にも凍らず、夏も涸れない霊泉として尊ばれ、現在でも祭典の際には、当日早朝に汲み上げられた「石清水」が御神前に献供されています。

また、八幡神の勧請以前は傍に石清水寺があり、本宮創建と同時に石清水寺が「護国寺」となったと伝わります。

石清水社
▲石清水社(右)と石清水井(左)
石清水井の意匠
▲石清水井の華麗な装飾

・男山展望台

宇治川・木津川・桂川の3川をはさんで天王山を望む自然の大パノラマが広がります。

男山 展望台からの眺め

・頓宮

頓宮(とんぐう)とは仮の宮、一時的な宮の事を言います。男山の麓にある石清水八幡宮の頓宮は、年に1度の勅祭「石清水祭」において山上の本殿より御神霊が御遷しされる重要な社殿です。

幕末の鳥羽伏見の戦いで焼失し、現在の社殿は大正4年に造営されました。

石清水八幡宮 頓宮
▲石清水八幡宮 頓宮

・高良神社

高良神社(こうらじんじゃ)は、頓宮の隣に位置しています。

徒然草第52段、仁和寺のある法師が石清水八幡宮に参拝に行き、山麓の極楽寺・高良神社 などを本宮と勘違いし山上まで上がらずに帰ってしまったという話で有名です。

創建は、貞観2年(860年)とも同11年(869年)ともいわれ、慶応4年(1868年)の鳥羽伏見の戦いの兵火によって炎上、明治17年(1884年)に再建、明治39年(1906年)に、ほぼ元の位置にあたる現在地に移座されました。

高良神社は摂社の中でも、八幡地区の氏神様として篤い崇敬を受けています。今はひっそりしていますが、石清水八幡宮の本殿と間違えられるほどに、昔は賑わっていたようです。

多良神社
▲高良神社

・その他の見どころ

上記以外のチェックポイントは、公式サイトが詳しいです^^
石清水八幡宮 境内案内

ミィコ
男山と石清水八幡宮だけではなく、八幡には他にも史跡が点在しているので、あわせて訪ねるのもおすすめ。駅前にレンタサイクルもあります。

【4】参拝ルート

正式なコースは歩いて登山になりますが、ケーブルカーで頂上まで3分で行くことが出来ます。15分間隔で運転されていて、大人片道200円(ICカードは使えません)です。
石清水八幡宮参道ケーブル 時刻表

昇殿参拝の時間までに本殿に行きたい場合は、ケーブルカーが確実。山頂駅から本殿までは、徒歩6~7分かかります。
※11:00の昇殿参拝ならゆとりを持って10:30のケーブルがおすすめ。10:45だとギリギリ滑り込みになりました。

  • 表参道 徒歩コース例→ 青のライン
  • ケーブル利用コース→ ピンクのライン

・往復ケーブルカー利用

山頂の本殿だけ参拝。所要時間は1~2時間。(待ち時間は含まず)
ふもとの頓宮と高良神社は、石清水八幡宮駅から片道徒歩約3、4分なので、別途参拝することも可能。

石清水八幡宮ケーブル
▲ケーブルカー

・登山ルート(帰りはケーブル)

標高は120mなので、森林浴を兼ねてハイキング気分で登れます。一の鳥居から表参道を通って本殿までは、約30分~40分くらい。石清水社に立ち寄るともう少し時間がかかります。全体的になだらかな参道ですが、石段も多いです。

※裏参道を通ると少し早く本殿に到着できます。駅前で石清水八幡宮の地図を手に入れておくと迷わずに行けるのでおすすめ。

石清水八幡宮 境内地図(PDF)

石清水八幡宮 一の鳥居
▲石清水八幡宮 一の鳥居

一の鳥居の奥が石清水八幡宮の頓宮。そして高良神社を経て、二の鳥居をくぐって参道を進みます。

石清水八幡宮 表参道
▲石清水八幡宮 表参道の石段
大扉稲荷社
▲大扉稲荷社の横に道標があります
石清水社への石段
▲石清水社への石段
三の鳥居
▲三の鳥居の向こうに本殿が見えます
石清水八幡宮 境内
▲石灯籠が並ぶ参道
石清水八幡宮 手水舎
▲手水舎
石清水八幡宮 南総門
▲石清水八幡宮 南総門
石清水八幡宮 南楼門
▲本殿が見えます
ミィコ
行きはケーブル、帰りは表参道を下るのもありですね^^

【5】授与品

授与所の営業時間
・1月1日~1月19日/不定期(1月1日は午前0時から)
・1月20日~3月31日/8:30~18:00
・4月1日~9月30日/8:30~18:30
・10月1日~12月30日/8:30~18:00
・12月31日/8:30~23:00

・八幡御神矢

武神、弓矢の神として崇敬される八幡大神の用いられる御矢は、破邪顕正・一発必中(邪悪な敵をうち払い、正しきを守り、狙った的に必ずあたる)の霊験あらたかな御神矢として様々な吉兆を顕し、多くの古典にも記されました。

「八幡御神矢」は上記の故事にちなみ、八幡大神の御神威がこもった厄除開運・必勝・家内安全・商売繁盛の「おふだ」として授与されています。

・神鳩の授与品

鳩は「はちまんさん」のお使いと言われています。一の鳥居の扁額をはじめ、本殿楼門の錺金具や社殿の彫刻など、あちらこちらに神鳩のモチーフが見られます。

その由来は、応神天皇の神霊が金色の鳩になったとか、宇佐八幡から岩清水八幡に分霊する際に金鳩が出現したとか、鳩が水先案内をしたとか、色々説があるようですが、本当の理由はわからないそうです。

昇殿参拝の授与品

昇殿参拝(初穂料1,000円)を申し込むと、鳩のストラップを頂きました。

石清水八幡宮 鳩のストラップ
▲竹製の鳩のストラップ

鳩の可愛い置物おみくじ

首を傾げたポーズが可愛い鳩のおみくじです。

鳩の置物おみくじ
▲鳩の置物おみくじ

・御朱印

八幡大神の御朱印

石清水八幡宮 御朱印
▲石清水八幡宮 御朱印

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ミィコ
八幡神の使徒・鳩にまつわる授与品が可愛いです。

【6】石清水八幡宮 アクセス

最寄り駅

  • 石清水八幡宮参道ケーブル「ケーブル八幡宮山上駅」
  • 京阪本線「石清水八幡宮駅」

    京阪電車「石清水八幡宮駅」の改札口を出て右手に石清水八幡宮参道ケーブル乗り場「ケーブル八幡宮口駅」があります。

    ※表参道を徒歩で参拝する場合は、京阪電車「石清水八幡宮駅」改札口と出て左へ。ツジトミというビルの前の石畳みの道を進むと一の鳥居があります。

・京都駅から

  • 近鉄京都線 急行乗車「丹波橋駅」→ [乗換え] → 京阪本線 淀屋橋行き準急乗車「石清水八幡宮駅」下車。※所要時間 約26~36分。
  • 奈良線 乗車「東福寺駅」→ [乗換え] → 京阪本線 淀屋橋行き準急乗車「石清水八幡宮駅」下車。※所要時間 約36~42分。

・三条京阪から

  • 京阪本線 淀屋橋行き特急乗車「丹波橋駅」→ [乗換え] → 京阪本線 淀屋橋行き準急乗車「石清水八幡宮駅」下車。※所要時間 約26~34分。
ミィコ
昇殿参拝で神職のお話を伺い、起死回生の願いが発生した時は石清水八幡宮で祈願したいと思いました!

※この記事の史実に関する記載は、石清水八幡宮公式サイト、駒札、八幡ストーリーサイト、Wikipedia等、を参考に作成しました。

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猫好き管理人ミィコです。京都散策に役立つブログを目指して、スローペース更新中。基本的に市バス・電車で移動です。主に週末ふらふらしています。facebookでブログ更新お知らせ中!