妙心寺 大雄院 | 御朱印と襖絵プロジェクト [特別拝観]

妙心寺 大雄院

大雄院(だいおういん)は、日本最大の禅寺「妙心寺」内に立ち並ぶ46の塔頭寺院のひとつ。

江戸時代末から明治中期にかけて活躍した絵師、柴田是真(しばたぜしん)の若き日の襖絵が有名です。

通常は非公開なので、公式サイトで特別拝観のスケジュールをチェックしましょう!

現在、戦災で焼失した明治宮殿天井画「花の丸図(是真の代表作)」を、襖絵として復活させるプロジェクトが進行中で、春と秋の「特別拝観」の際に鑑賞することが出来ます。

特別拝観の限定御朱印も要チェック!見どころとアクセス方法をご紹介します。

基本情報

大雄院|妙心寺塔頭
所在地 京都市右京区花園妙心寺町52
TEL.075-463-6538
大雄院 公式サイト

【1】春の特別拝観

大雄院は、春の特別拝観、秋の特別拝観が行われています。
※常時拝観はされていません。

特別拝観以外には、坐禅会や音楽イベントなども開催されていますので
最新情報は、公式サイトTwitter をチェック!

・特別拝観 限定御朱印

特別拝観がある時は、限定御朱印の拝受が可能です。まず、御朱印所で朱印帳を預けてから拝観するのがお薦めです。

2019年 春の特別拝観(終了)では、ゆっくり拝観した後に御朱印所を訪ねると混んでいて、30分くらい待たないといけないという事。なので、この日は書置きの御朱印を拝受しました。日付は吉日になっています^^

大雄院 限定御朱印
▲2019 春の特別拝観・限定御朱印(終了)
ミィコ

2019年、春の特別拝観の限定御朱印、とても可愛いです^^

【2】大雄院の由緒

創建者は石河光忠 [1594-1628年](当時9歳/後の尾張藩名古屋城代)。

豊臣秀吉の家臣だった石河光元(竜野城主)の長子で、父の菩提を弔うために慶長8年(1603年)に大雄院を創建しました。表門は創建当時のものです。

土地は叔父の石川貞清が寄進し、開祖は叔父の慧南玄譲(えなんげんじょう):美濃鏡島城主 石河家の水庵宗掬(すいあんそうきく)の法孫。歓請開山は慧南玄譲の法祖、石河氏の菩提寺 美濃乙津寺の2世 蘭叔玄秀(らんしゅくげんしゅう)。

徳川家とのつながり

石河光忠の母「お亀の方」は、夫・石河光元の没後、徳川家康に見初められ側室となり、尾張藩の初代藩主となる徳川義直(とくがわ よしなお)を出産します。

そのため、家康の実子と異父兄弟となった光忠は徳川家に仕える事となり、後に家康の命で尾張藩主の義直に付属し名古屋城代となりました。

石河家は慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いでは豊臣方であったにも関わらず、徳川の時代でも栄える大名家となったのです。

創建時は、お亀の方が徳川家康より賜った伏見の屋敷が移築されました。その後、寛文10年(1670年)に再建、方丈も享保12年(1727年)に再建されました。

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ミィコ

将軍の母の血縁の力ってすごいですね^^

【3】大雄院 見どころ

柴田是真の襖絵が有名です。

そして、是真が描いた明治宮殿天井画「花の丸図」の下絵をもとに、新たな襖絵を制作するプロジェクトが2017年に発足、3年かけて花の丸の襖絵18枚が完成しました。

・庭園

大雄院
▲表門からの風景
大雄院 庭
▲大雄院のお庭
大雄院 庭
▲大雄院のお庭
大雄院
▲お庭や襖絵を見ながら休憩

・柴田是真の襖絵

柴田是真は、江戸時代末から明治中期にかけて活躍した絵師です。

若き日の是真は大雄院で筆をとった後、江戸へ戻って活躍しましたが、江戸大火で多くの作品が焼失。その上、現存する作品の多くが海外に流出したため、大雄院に残る是真作品は大変貴重なものです。

大雄院の本堂にある障壁図72面は、天保元年(1830年)是真が日本画の四条派を学ぶため京都へ遊学、修業の終わりに筆をとったものです。

当時24歳の是真(正確には、是真の名を名乗るより前「令哉(れいさい)」の号を使用)による肉筆の襖絵は、表現者としての才能の一端を感じさせる貴重な作品群です。

※襖絵は写真不可。

柴田是真
文化4年(1807年)生~明治24年(1891年)没
江戸時代末から明治中期にかけて活動した漆工家、絵師・日本画家。日本の漆工分野において、近世から近代への橋渡しの役割を果たした工人。

明治皇室御用達の職人集団「帝室技芸員」第一期の筆頭で、明治宮殿の「千種の間 花の丸天井」は傑作であり代表作と言われています。数多くの草花を円形の中に落とし込んだデザインは、後世の絵師に大きな影響をあたえました。

出典:Wikipedia、大雄院襖絵プロジェクト フライヤーより抄録

・平成の大雄院襖絵プロジェクト

『平成の大雄院襖絵プロジェクト(2020年4月完成)』とは、柴田是真の代表作、明治宮殿天井画「花の丸図」を襖絵として復活させるとともに、宮絵師の画技を後世に伝えるものです。

明治宮殿は第二次世界大戦末期の空襲で焼失しましたが、是真直筆の「花の丸図」下絵は残されていたのです。

その下絵をもとに、日本で唯一の宮絵師・安川如風さんが大雄院の襖絵として新たに制作、美しい意匠が見事に復活しました。

宮絵師安川 公式サイト

大雄院襖絵プロジェクト
▲上品で雅な花の丸襖絵は写真OK。
大雄院襖絵プロジェクト
▲バラエティ豊かな花の丸
大雄院襖絵プロジェクト

資料:明治宮殿 千種の間

格天井いっぱいに描かれた、柴田是真による100種以上の美しい草花の花の丸。モノクロ写真でも豪華さが伝わってきます。

Chigusa-no-Ma of Meiji Palace.JPG
毎日新聞社「一億人の昭和史13」より, パブリック・ドメイン, Link

明治宮殿は、1888年(明治21年)に旧江戸城西の丸に建設された建物。第二次世界大戦末期まで皇室の中心的施設でした。1889年(明治22年)の大日本帝国憲法発布式も、ここで行われました。

ミィコ

襖絵は、近くで見ても修正の痕跡なんて見当たりません。←あたりまえ!? すごい集中力と技術が必要だと思いました^^

【4】大雄院 アクセス

禅寺は三門から参拝するのが正式とされます。妙心寺は南総門から入った所に三門があります。大雄院の場所はちょっとわかりにくいので、地図で確認するのがお薦めです。

[1] 南総門から
地図のブルー・ラインは、妙心寺の正式な参拝コース。

  • 最寄駅:JR山陰線 / 嵯峨野線「花園駅」
  • 最寄バス停:「妙心寺前」
妙心寺 南総門
▲妙心寺 南総門

[2] 北総門から
地図のオレンジ・ライン。山内独特の風情を楽しめます。

  • 最寄駅:京福電鉄 北野線「妙心寺駅」
  • 最寄バス停:「妙心寺北門前」
妙心寺 山内
▲妙心寺 山内の石畳

・京都駅から

  • JR山陰線 / 嵯峨野線
    亀岡・福知山方面、嵯峨嵐山、園部行き乗車「花園駅」まで約12分。花園駅から大雄院まで徒歩約10分。

・三条京阪から

  • 市バス
    [A1のりば] 市バス10 北野天満宮・御室・山越行き乗車「妙心寺北門前」まで約35分。北門から大雄院まで徒歩約5分。
    [Fのりば] 京都バス 63、64、65、66 嵐山・清滝・有栖川行き乗車「妙心寺前」まで約26分。妙心寺前から大雄院まで徒歩約12分。
  • TAXI 所要時間 約17分
    総距離 約5.7km タクシー料金検索
    ※料金・所要時間は実際とは異なる可能性があります。
ミィコ

大雄院に訪れたなら、妙心寺や他の塔頭寺院の参拝もお薦めします!

【5】常時拝観できる妙心寺塔頭

大雄院を訪れる際は、他の寺院も拝観してみてはいかがでしょうか? 妙心寺山内で一年を通して拝観可能な塔頭は3か所。退蔵院、桂春院、大心院です。
※妙心寺公式サイト|拝観コース例

山内塔頭寺院
・通年公開/退蔵院、桂春院、大心院
・特別公開/大法院、東林院
・限定公開/大雄院、慧照院

山外塔頭寺院
・通年公開/龍安寺(世界文化遺産)
・限定公開/西源院

・妙心寺山内 案内図

※大雄院はNo.20です。
1.天球院、2.隣華院、3.光国院、4.雲祥院、5.長慶院、6.天祥院、7.壽聖院、8.金牛院、9.智勝院、10.蟠桃院、11.桂春院、12.徳雲院、13.大法院、14.大龍院、15.春光院、16.麟祥院、17.大通院、18.海福院、19.養徳院、20.大雄院、21.玉龍院、22.通玄院、23.霊雲院、24.雑華院、25.如是院、26.福寿院、27.聖沢院、28.東海庵、29.大心院、30.東林院、31.玉鳳院、32.開山堂、33.涅槃堂、34.天授院、35.退蔵院、36.衡梅院、37.長興院、38.養源院、39.慈雲院、40.龍泉庵、41.慧照院、42.龍華院、A.宗務本所、B.花園会館

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▲By Fraxinus2 – 妙心寺山内 案内図, CC 表示-継承 4.0, Link
ミィコ

妙心寺山内は広いです。妙心寺の仏殿・法堂、塔頭寺院を見学したい時は、あらかじめコース確認をお勧めします。

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※この記事の史実に関する記載は、書籍「妙心寺 六百五十年の歩み」、大雄院公式サイト、パンフレット、Wikipedia等を参考に作成しました。